金栄トンカカさん踊りの唄
※金栄太鼓台では太鼓台運行中にこの唄を歌うこともあります
歌詞
1. 頃は天正十三年の
(ソーレサーモ ヤーットセー)
予州風雲告げるとき
(ソーリャヨーオイ ヨーオイ ヤーットセー)
※( )内は2番以降同じ
2. 文月なかばに寄せくる敵は
隆景軍の参萬騎
3. 軍議まとめる金子の殿は
義理の義の字の花と散る
4. 武士は1代名は末代と
散って誉の名を残す
5. 勇士弔う太鼓と舞が
月と冴え合う十七夜
6. 古刹に映ゆる慈眼寺さまは
哀話を秘める墓所
7. 昔を偲ぶトンカカさんを
踊り伝えん盆踊り
【 解説 】
その昔、豊臣秀吉が天下統一という大義のもとに、およそ三万の大軍による四国討伐があり、このとき四国はともに守ろうという国主長宗我部元親との盟約で、伊予の国の中でも東予地方の総大将金子備後之守は、僅か三千程の兵で郷土防衛のため、破れるを覚悟して華々しく応戦、天正十三年七月十八日、西条市野々市ケ原決戦において壮絶な戦いのあと遂に全員討ち死にとなりました。攻撃軍の総大将小早川隆景は、郷土軍の見事な戦い振りを褒め称え、多くの将兵の亡骸に向かって合掌し、鎧の上に法衣をおき、弔いの舞を舞ったと言われ、居合わせた将兵が舞に合わせた拍子がトンカカ、トンカカと聞こえた事から、この踊りが生まれたと言われています。金栄の地域には慈眼寺という備後之守の菩提寺もあり、まつわる史跡も多いことから、古くより伝わる踊りの中の先祖武将の心の遺徳を後世に伝承すべく、平成六年校区自治会前戸加入で保存会を設立し、毎年七月十七日菩提寺において、踊り奉納供養祭を実施しております。